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ダンサーインタビュー・朴木晴香|ニューヨークアポロシアターで2大会連続優勝した、Harukaさんにいろいろ聞いてみた

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ニューヨークアポロシアターで2大会連続優勝した、Harukaさんにいろいろ聞いてみた

瑞葉 / Mizuha
2020.03.14( 更新日 2020.03.15 )

独自のスタイルを武器に、ニューヨークアポロシアターで優勝経験もある朴木晴香(Haruka Honoki)さん。今回は活動の背景や、なかなか聞けない本音や裏話を聞いてみました。

大阪府出身。18歳で単身渡米後、あのマイケルジャクソンも輩出したニューヨークアポロシアターで、日本人女性ソロパフォーマーとして初の2度連続優勝、トップ10ファイナリストに選出。読売テレビのドキュメンタリー番組やアメリカのドキュメンタリー映画に出演。アメリカをベースにクリスブラウン、リタオラをはじめ、様々なアーティストのMV出演やバックダンサーとして活動中。

インタビュー

―― ダンスを始めたきっかけを教えてください
幼稚園の年長から3年くらい続けたピアノを楽譜が読めなくてやめた後に、近所のカルチャー教室で習うようになったのが最初です。

小学校2~5年生までヒップホップ、ジャズヒップホップ、それにチアやソーラン節など色んなジャンルを踊っていました。

お母さんに勧められたのがきっかけなので、まさかここまで続けるとは思わなかったです。私めっちゃ飽き性なので…笑。

―― 本格的に始めたのは何時からですか?
小5ぐらいからコンテストに出たいと思い始めて、本格的なダンススタジオに移りました。そんな中でご近所さんの姉妹に、「ダンスチーム組まない?」と誘われたあたりからスイッチが入りました。

コンテストに向けて3人で、アニメーションやブレイクなど色んなジャンルに表現の幅を広げていきました。1年くらい試行錯誤してアニメーション1本でいくと決めてからは、それまでスタジオオーナーさんが創って下さっていた振付も、自分たちでやるようになりました。

―― 女の子でアニメーションのチームって珍しいですね。注目されたんじゃないですか?
そうですね。でも珍しい分、出場していたオールジャンルのコンテストでは認められない期間が長かったです。賞を頂いても特別賞どまりでした。

他と比較のしようがないと言われたりもしました。それでも諦めずにひたすら研究し続けて、優勝できた時は本当に嬉しかったです。

―― なるほどー! 華やかな経歴の裏には地道な努力があったんですね。そもそもアポロシアターや読売テレビの「グッと地球便」に出演することになったのは、どんな経緯ですか?
テレビはお母さんが勝手に応募したんです笑。突然テレビ局から、アポロシアターの決勝を番組にしたいとメールが来たんですよ。さらにアポロシアターを通じて、オスカーを獲った有名な映画監督Roger Ross Williamsさんから、ドキュメンタリーに出て欲しいというオファーまでもらって、色々びっくりしました。

アポロに立つまでの話は、ニューヨークに行ったところからになっちゃうので、長くなりますけど大丈夫ですか笑?

―― ぜひ聞かせてください!
高校生まで組んでいたチームメイトに、ジャスティンビーバーのコンサートに誘われたんですね。興味がない状態で行ったんですが、ジャスティンもダンサーもすっごいカッコよくて、私もそっちへ行きたいなと。ここが渡米のスタート地点です。

それから英語を猛勉強して目標だった高校に入学して、高1から高2にかけて3ヶ月間オーストラリアに留学しました。思い返しても人生でこんなに勉強する事はもうないなーってくらい、必死で勉強しました笑。

この勉強と留学で英語をクリアした後は、目標をダンス留学に切り替えて、BDC(Broadway Dance Center)に入りました。アメリカの学生VISAがおりるダンススクールの中で、ストリートも含めて様々なジャンルを学べるBDCに決めました。

―― 学生VISAを取るのが大変とよく聞くのですが、どうでしたか?
学生VISAは事前申請とアメリカ大使館(領事館)での面接が通ったらおりるんですが、事前準備に結構時間がかかった記憶があります。中にはエージェントを通す方もいらっしゃるようです。

―― 着実に夢を叶えていったんですね。すごい行動力!
いやいや、そんなことないですよ。必死で取り組める事に、たまたま行ったコンサートで出会っただけなので運がよかったし、連れて行ってくれたチームメイトに感謝です!

―― ダンス留学後はどんな感じで活動の幅を広げていったんですか?
「まずは人脈を作らないと!」と思って、とにかく色んなクラスを受けまくりました。そこで未経験だったコンテやバレエも習うようになって、交友関係と合わせて表現の幅を広げていきました。

その後は友達と恩師にも恵まれて、色んな舞台に立たせてもらう中で、カンパニーに入れたり、日本のパフォーマンス・アニメーションの師匠ZANGEさんからの勧めもあって、アポロシアターへの挑戦を決めました。

―― なるほどー! そこで2度優勝して、最終決戦まで残ったんですよね
はい、日本とアメリカの両方で学んだジャンルをミックスしたオリジナル作品で挑みました。

セミファイナルでは師匠のチームメイトとドローで審査し直しになったり(人生で一番緊張した場面でした笑)、最終決戦では優勝できませんでしたが、満員の観客と支えてくれた大切な人たちにパフォーマンスを届けられたので、とっても楽しかったです。もちろん優勝できなかったのは今でもすごく悔しいですが。

パフォーマンスが終わってお辞儀をして、顔を上げた瞬間の満員の観客席と声援は、今でも鮮明に覚えています。たまらないですねあの感じ!

同時に見にきてくれたニューヨークの沢山の友達、家族、サポートしてくださった皆さんの顔が順番に浮かんで、涙がこぼれました。

―― これからの目標や夢を教えてください
アメリカを中心に活動したいなと思ってます。アメリカズ・ゴット・タレントにも出てみたいし、私にきっかけをくれたジャスティンとダンサーとして一緒にお仕事をしたい。やりたいことはめちゃくちゃあります! とにかく人を驚かせるパフォーマンスをしたいです。

―― 最後に、ダンス留学を考えている方々になにかアドバイスをお願いします!
なんだろう...笑。もらえるチャンスはとにかく全部やってみること。アメリカは自由な国だから、どんなことでも個性として認められるので、とにかく行動してみるのが大事かなと。あとは日本でもそうだと思いますが、コネクションを大切にすることだと思います。

勢いも実力も大事だけど、やりたい事とやらなきゃいけない事のバランスが大事だと思います。

あとは物価が高くてお金がすぐ無くなるので、英語の勉強と貯金をダンスと同じくらいがんばるのがオススメです!

―― ありがとうございました!

▼まとめ
ザ・エンターテイナーなオーラの裏側には、ひたむきな努力と一途な想いがありました。アッと驚くパフォーマンスで観客を笑顔に。そんなシンプルで熱い気持ちが原動力のダンサー、朴木晴香(Haruka Honoki)さんの今後の活躍に期待です!


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朴木晴香/ HARUKA HONOKI

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